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YAMAHA Racing Game

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2010年2月

2010年2月11日 (木)

旅が終わりに向かうまで

目一杯楽しんだ広島旅行もいよいよこの新幹線に乗れば終わりとなります。

そこでちょと振り返り


Photo_3

大画面を見つめ、隣の存じ上げないオジサマのラジオに耳を傾ける


Photo_4

広島は『広島』って漢字かぁ。
長野は『ながの』
確か神奈川は『かながわ』
表示の無い所もあったなぁ。



Photo_5

これは表彰式の一部分


  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


◆1月25日

駅の構内には昨日の駅伝のチームもチラホラと見かけ、長野の中学生出口武志くんが数名従えて走りさって行きました。
同じ新幹線に乗り合わせるのかなぁ、などと言う淡い期待は簡単に裏切られ、お土産をゆっくり見ている間も無くホームへと向かいます。

今日は平日の月曜日と言う事で、新幹線の中はスーツ姿が多いですね。
頑張れ日本の戦士達!
いや、なんか自分が先週の金曜日と月曜日の平日に休んでしまっている罪悪感が結構来ますね。
会社にはちゃんと広島行きを告げて来たので堂々としていればいいのです。
私も友達も、戦士の1人には違い無いのだから。
2月に休む予定は無いし、まぁ気にしない気にしない(^O^)

岡山を走る頃になると、再び海が見えてきてなんか思いっきり
「海よ、島よ、さようなら」
って。
つくづく山国育ちだなぁって思うんだけど。

名古屋ではちょっと時間を取って、ツインタワーの15階でしばし景色を眺めます。

帰りになると口数は少なく、、、、なりません。
全くなりません。
更に加速致します。

特急の発車時刻になりつつあったのでホームで駅弁を買いました。

席に座っていると、私達より前の席に数人のじぇんとるまんが。
おや?おやおやおや?
前の晩にちょっとお行き会いした方々(*^_^*)

しかも、しかも!
私達はそこまで気が回らず時間に合わせて名古屋で買ったお弁当、名物の名古屋コーチンを"一部"使った

Photo



「コーチンわっぱめし」


ですが、その方達は広島で買った

広島名物のお弁当!


ぬぁんてこった!
失敗した~(>_<)

そうなのです。
そうだよね。広島で買うべきだよね。
どうしてそこまで気が回らなかったんだろう。
凄く反省、深く反省。

しかし、数分後、何故か名古屋コーチンのお弁当に




広島の牡蠣が!!!

Photo_2




私のお友達、もう、子供じゃないんだから人のお弁当覗くのやめなさいよー、と止める間も無く
「美味しそうですねー」

「あげますよ」

って、2年前あの某選手を『ミスター長野』と呼び称えていたあの名物。。。

名物には色々ありますが、カントクにも名物はあるのですね。

その方から、ナント!!牡蠣を1つずつ頂いてしまいました(^^ゞ

それだけじゃ無く、他の方からはみかんや私の好きなキリンの缶ビールまで。
この4日間、飲みっぱなしじゃありませんか。

引退された今も、選手の激励に訪れておられました。
とても優しく暖かい方です。

史上初、2度目の3連覇なるかって言う試合に突然のアクシデントで急遽召集された高校生2人と中学生1人。
金曜日に広島入りをし、練習を始めたのだそうです。


soonsoonsoonsoonsoonsoonsoonsoonsoon

結果は

1区5位(5)、2区4位(12)、3区1位(2)、4区5位(36)
5区16位(33)、6区15位(13)、7区5位(1)


*()内個人成績

となりました。

endendendendendendendendend


現地観戦の辛い所は、移動している間は情報が無いのです。
殆どはモニターや放送の音が聞こえるところにはいましたが、集中して聞いてはいられませんでした。
モニターを見つめていてもその音声は良く聞き取れませんが、私達の周りにはラジオの音がありました。
それに耳を凝らして様子を知るだけです。
ですから細かい感想を伝える事は出来ませんでした。


レギュラー陣だってそうとうな動揺はあった事でしょう。
その中でブレーキも無くしっかりと自分の力を出仕切ったのは凄いと思います。
召集された4区は自分のペースを守りきり、5区は各校エースが集う中、本人としては力が出し切れた訳では無いのでしょうけれど、こちらからすれば、良く踏みとどまったのでは無いでしょうか。
一旦は16位まで落ちても、中学生が1人抜き前の選手が捕らえられる位置で最後の走者佐藤悠基に襷を渡した。
そして絶対的な信用の置けるアンカーの頑張りがとても素晴らしかった。


心の中ではこんな風に考えていた事を、かなり端折って(汗)伝えました。


「価値のある5位だったと思います(p´□`q)゜o。。」


列車を降りるまで、私達の広島は続いていました。

終点まで行かれるので、ホームから手を振ってお別れをしました。

そして友達とも別れ、タクシーに乗り込みます。

そこで、話しが広島とは関係無く段々と変な方向に向かいます。

今春から松本空港に来るFDA旅客機の話から、最後の国産飛行機YS-11の話。
日本の高い技術は飛行機には使われず新幹線に行った訳。
そして中島飛行機の技術。

呉の話とかしていませんよ、全然。
でも、何故戦争が絡む話になったのかは不明^^;

タクシーの中でも充実した話の後、家に着き一休みして夕飯の支度を始める。

私はある有料の携帯サイトに登録をし、地震が起こるとメールが来ます。
国内で震度3以上なら続けて3、4回情報が送られて来ます。

テーブルにマナーモードで携帯を置いていたら、続けてメールが。
仕事は既に終わっているので、会社からでは無い。
3回なんてもんじゃ無かったから、どこかで大きな地震でも来たのかと思い、慌ててメールを読むと…



えっ!!(゚ロ゚屮)屮



「ちょっと、広島に行ってるの?」

「インタビュー、受けてなかった?」

「もしかしてえ~たちゃん?」

仕事待機中に、とか、
職場の皆でスキーに来ていてたこ焼き焼いている最中、
「友達行っているけど、まさか映る訳ないよね~」って言っていたら…とか。



この長い様で短く濃厚なこの旅は、
メールの返事をしている夜中まで続きました(;´Д`A ```




2010年2月 7日 (日)

ひろしま駅伝

◆1月24日(日)

ひろしま駅伝当日となりました。


叔父の車で現地に向かい降ろしてもらったのが午前9時30分。
各県ご自慢の食品やお土産がテントに並べられている最中。
スタートは午後12時30分と言うのに平和記念公園にはどんどん人が集まって来ています。


1


色々散歩して様子を見ていた所、沿道には一時間以上前だと言うのに人が立ち始めています。

全員の走る所は見られないのでまず、選手紹介を見て。


2


こんな所にまで出張されました(^^ゞ

こんな感じで 47都道府県の2区~7区までの紹介があります。

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有名な選手をちょこっと・・・


福島県 柏原竜二選手

4_2

長野県 村澤明伸選手

6_5

例えば5区も

7_4

福島県 佐藤敦之選手

9_4

長野県 佐藤悠基選手

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兵庫県 竹澤健介選手

13_4


その選手達の応援団の中にはこんなのが駆けつけました。
はっきり言って、、、、

ゆるすぎなキャラ達(>_<)

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1区の選手はスタート付近での紹介の様で、ここには現われませんでした。
私達は観戦場所を求め、一つ目の橋に向かいます。

ですが、もう場所無いし(^^;


大会につき物の車両はここ広島なら、やっぱりMAZDAアクセラですね~(*^_^*)

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さぁ、レースが始まります。

橋を渡った所で場所を構え数十分。1分前に携帯をタイマーセットしポケットの中での振動を待つ。
選手がスタートした直後、空に花火が上がり声援が次第にこちらに近付いて

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19



あっと言う間に行っちゃいました(・・;)
しかもタイマーの振動、気がつきませんでしたわあはははは(^O^)

お腹が空いたのでふるさと広場のテントに戻って何か食べようとしとら、

動けない。

人だらけ。

しかも「売り切れ」の紙が貼られてる。
広場の大画面の前に来た時は1区も終わりに。

大画面の前では大勢の人が集まって1つのモニターを観てそれぞれが解説者となり、応援団長となり、好き勝手な事を言って楽しんでいます。
もちろんこちらも力が入りますよ!

3区の柏原、村澤、埼玉県秋山羊一郎、鹿児島県森賢大の四つ巴から、森が脱落し、柏原が後退してしまう。
柏原は以前もこんな事があったよね。

ホンダの秋山と村澤の激しい首位争いを見て4区。そして5区の途中でコンビニへ。
辛いな~。観たいな~。。。事前に食料は用意しないとね~(汗)

食料を無事に手に入れ、再び画面を見つめ、6区になってからまた大通りに行き知っている選手の名前を叫び応援。

「○○頑張れ~」
「◇◇~、も…」

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福島の佐藤が食らい付く兵庫竹澤を放そうと力を緩めない。



地元の声援を受け広島県鎧坂哲哉と、大分県治郎丸健一が競る。

Photo



宇賀地20位で貰った襷を掛け懸命に走り、捉えた長崎の選手を置いていく。

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選手が全員過ぎた後、従姉妹が待っている次の場所に移動。

ゴール切った後に選手が集まる所では、役目を終えた選手達が最終ランナーを待ち構える。
この時点、トップで帰りそうなのは福島県だ。

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某局のカメラが、大画面での戦況を見守っている柏原に向いている。
微妙に指示だしてるのね、ちょっとこっち見て~ってな。

ゴール直前の大歓声の波が向かって来ると兵庫の選手も足早に迎えに走っていく。
竹澤が佐藤を抜いてガッツポーズでゴール、兵庫の優勝が決まった。

その後、地元の広島と長野の4位5位争いの歓声も怒濤の様に押し寄せる。
15位から後半追い上げ、とうとう広島との4位争いまでに。
佐藤悠基は地元広島の鎧坂哲哉とのダッシュ競争の様な形で敗れたのです。
その観衆の声援は1,2位の争い以上の盛り上がりでした。

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お疲れ様でした!


その後、表彰式が行われる会場近くには人の山、黄色い歓声。
選手にサインを貰っているようでした。
特に栃木の宇賀地強選手の回りには人が何重にも。
宇賀地選手(選手紹介の写真より)

10_3


神奈川の矢澤曜選手が階段から上がって来ると
「きゃぁ!カッコイイ、カッコイイ」との声が。
矢澤曜選手(選手紹介の写真より)

5



そして、今回は選手でなくコーチとして来ていた上野裕一郎くんには、女性だけじゃなく若い男性も回りに集まってその老若男女の人気振りを示していました。
早稲田大学の一年生ながら箱根3区では区間4位にも関わらず、長野県では控えに回ると言う、平賀翔太選手と一緒にいたので、パチリ♪

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全日本では鈴鹿で応援していたんだよー、平賀君(^O^)/

表彰式が終わりちょっとの間、広島カープの本拠地MAZDAスタジアムにタクシーで行き、叔父と叔母にある場所へと誘導され、お腹いっぱいになって帰って来ました。

いや、くたびれた(^^;

だけど、車もバイクも自転車も、、、、、他にも色々、

やっぱり競技って好きだなぁ!

2010年2月 2日 (火)

広島旅行その2

◆呉から宮島へ

呉のビジネスホテルを出て駅のコインロッカーに荷物を預けタクシーを拾い、昨夜急遽決まった【アレイからすこじま】へ。

海上自衛隊第一潜水隊群司令部前にある公園ですが、間近に見える潜水艦や、でっかい船にただただ圧倒。

Photo

映画でしか見たことが無い潜水艦が浮いてる!

公園で10分ほど待って頂いたタクシーの運転手さんは「自分は見慣れている風景」と言っていたけど、慣れていない私たちは感嘆の声を挙げるばかりなんですね、ホント。

Photo_2




次に向かわねばと、アレイからすこじまを後にして次は【てつのくじら館】へ。

まだ開館時間になってないのに、なんとも言えないいわゆるお父様世代のボランティアさんが「入れますよ」と。

無料で、開館時間が合って無いようなここは、元潜水艦乗組員がボランティアで解説してくださいました。

魚雷や海底爆弾を探索し片付ける「掃海艇」の史料などがありました。

そして入り口にデーンと添え付けてある本物の潜水艦に乗り込みます。

通り道が狭く世間から隔離されたような空間。



P1230061




その先には、
現役さん?と思えるような方の解説が。
説明だけじゃなく気さくに
「潜望鏡を覗いている写真撮ってあげますよ」と、言われるがままに^^;


1


尚、この顔はフィクションです。
実際の顔とは異なります。

私は「1時の方向に怪しい看板が!」とつい(笑)
『不審船を見つけたらすぐに連絡』とありました。


Photo_3

潜望鏡ですが、かなり長いモンですなぁ。

それにしては、スクリューが安っぽいとは言わなくてもそれに似通った言葉をお伝えした所、やはりそこは最新の技術が蓄積されており、見せられないので偽物を付けているとの事。

てつのくじら館とは愛称で、正式名称は「海上自衛隊呉史料館」だそうです。

自衛隊って言うと、私が未成年だった頃、親戚が南極観測船の乗組員で、南極の氷をお土産にもらい、その圧縮された太古の昔の空気をいつかウィスキーで味わうのが夢だったのに、私が二十歳になった時に母に聞いたら「だって邪魔だったんだもん」と言って裏庭に捨てしまっていた事を思い出したよ。
その時から私の年齢はそこでストップしたね(違)


その後行ったのは【大和ミュージアム】

戦争の歴史が刻まれた本物の零戦や人間魚雷の回天もありました。

昨年、NHKで人間魚雷「回天」の事を放送していたなぁ。
相手にダメージを与える為に突っ込んで行ったんだけどね。
回天の乗組員の活躍を当時アピールしていたようだけど、実際は到達出来なかったり、不発だったり、捕虜になったりで…。

そうそう、カミカゼ特攻隊も半分位は故障とかで戻って来て、一ヶ所に集められていたらしいし。
表に出るのは恥で「自分は何故生きている」とか上から毎日言われ続け自問していたとか。
親に生きていますて言えなかったなんて(T_T)

これは余談ですが。。


P1230075



そんな歴史の一部が呉の港から向かっていたんだなぁと、しみじみ感じました。今思い出したけど風船爆弾て、この辺りじゃなかった?

ミュージアムの呼び物、戦艦大和は本物の1/10のスケールらしい。
結構賑わっていました。


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この後広島駅で親戚の叔父叔母が来て荷物を預かってくれたので、身軽になった私たちは宮島へ向かう電車に乗りました。
往復乗車券は「広島市内まで」だから、JRで向かい精算。
フェリー乗り場のロータリーは次の日行われる駅伝でも走る所。

その側にある宮島口のお店でお好み焼きを食べ、フェリーに乗って宮島へ。


2



Photo_4





夕方に平和記念公園に迎えに来てくれると言うので帰りは原爆ドーム目指して路面電車。
最初はJRと平行して線路走っていたけれど、広島市街地になれば車と一緒だし、これには乗らなくっちゃね(^^)v


Photo_5


Photo_6




公園内を散歩していると、お揃いのジャージ姿の一団が(^O^)

あれ?埼玉県?し、設楽兄弟居なかった?今、ホラ、違う?
群馬県だって!!は、花田さんどこどこ?
山梨~~!
え?え?栃木県?
ぐ、郡司貴大くんはどこ?顧問さんは・・・いらっしゃったのかな・・・?
神奈川~~~?

長野はどこ?長野は~~????
と待ち合わせ場所をちょっと移動して橋まで行ったら黄色い千葉県の選手ご一行様。

再び戻って来た所で、宇賀地選手と矢沢選手。


写真の一枚も撮らずにお口あんぐり状態で過ぎた数分間。
嘘みたい~!と言いながら迎えに来てくれた従兄弟の車に乗り、二日目の旅は次の日の盛り上がりを予感させる出来事で終わりました。



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